日日是好日 『坂本龍馬の写真』
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坂本龍馬の命日は、慶應3年11月15日で今の暦に置き換えると1867年12月10日になる。
彼の死後、ある月命日に海援隊の同志が集まって、ひっそりと『偲ぶ会』が執り行われた。
その際、簡素な祭壇に写真を飾って思い出話に花を咲かそうという意見が出て、龍馬の写真を探したが隊士で持っている者は誰もおらず、あちこちと聞きまわってやっと一枚手に入れた。
何ともさみしい話ではある。
小説や歴史番組では登場しない龍馬と隊士との距離が何となく感じられる逸話ではある。
だがこの話、見方を変えると、当時どの程度写真というものが庶民の間に出回っていたかは不明だが、少なくとも現在のように『遺影』を飾るという習慣はなかったはずだ。
だとすると坂本龍馬という人、『日本で最初に遺影を飾られた人』、なのかも知れない。
また、龍馬の写真は6枚が現存していて、そのうち2枚はブーツを履いている。
だから普段から愛用していると思われているようで、最近はブームも去ってドラマにも登場しないが、演じる俳優はブーツを履いて闊歩している。
また、ある国営放送の歴史番組では、故郷の土佐では身分差別があり、雨の日でも高下駄を履くことが許されず、ブーツという履物は、脱藩した龍馬が初めて体感できた自由そのものであったともっともらしく述べていた。
本当にそうなのか?
福井で撮影された写真には足袋に草鞋で写っているけれど・・・・。
ブーツ姿の写真は慶應2年に長崎で撮影されたものである。
僕は歴史というものを少し穿った方向から見る癖があって、ひょっとしたら、あのブーツは撮影の際の『小道具』かも知れない、と思っている。
ところが、三吉慎蔵という人が明治になって撮った写真というのを見たことがあって、それは龍馬と同様、着物に袴姿であり、おまけにチャップリンみたいな山高帽を膝に乗せブーツを履いていた。
三吉慎蔵という人、寺田屋で龍馬と大暴れした人で、龍馬との親交が深い人物だった。
2枚あるブーツ姿の龍馬写真のうちの1枚の写真、刀を差して椅子に掛けブーツを履いている写真の原板は現在も三吉家が所有している。
慎蔵が龍馬を偲んで同じような格好で写したのかは不明だが、袴にブーツという服装は明治になって女学生の間で随分と流行ったようだ。
もしかしたら坂本龍馬という人、日本で最初に『遺影』を飾られ、日本人初の『ファッションリーダー』なのかも知れない。
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