つれづれなるままに~日々是好日 歴史好きの独り言 第63回 愛してる?・愛してない?

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歴史好きの独り言 第63回 愛してる?・愛してない?★


高杉晋作が結婚したのは22歳の時で、お相手は雅(まさ)さんといい、当時16歳。 

実家の井上家の家禄は500石なので高杉さんにしてみれば『良いところのお嬢さん』でした。

長州一の美人で、しっかり者でハキハキとした性格だったそうです。

ま、当時の結婚は『家を存続させるため』ですから、いちばん乗り気だったのは高杉さんのお父上だったようです。

そんな二人が実際に暮らしたのはほんの少しで、高杉さんは改革だ、攘夷だ、倒幕だと飛び回っています。

そんな折、高杉さんは下関の新地にあった妓楼『堺屋』というところで『おうの』という女性と出会い、身請けしました。

萩に奥様を残しながら、今でいう『愛人』と一緒というのも、当時は社会的批判など全くありません。

なぜなら、本妻は家を継続させていくための存在で、もし本妻との間に嫡男(ちゃくなん)が生まれなかったり、途中で亡くなってしまった場合など家の存続のために側室(つまり、愛人)との間にできた男の子に家を継がせたからです。

そういう当時の特別な事情もあったのですが、高杉さんにしてみればしっかり者でハキハキとモノを言う本妻よりもかなりボンヤリでおっとりとした愛人との生活の方が居心地は良かったのでしょう。

しかし、愛人との下関での生活の最中、奥様が子供と訪ねて来たことがあったそうで、この時の心情を桂小五郎宛の手紙に書いていて、

『マズい、気まずくて仕方なかった』と正直な気持ちを吐露しています。

歴史上の人物の数々の心情を綴った手紙の中でこれほどの書き手の心情が伝わるものを僕は他に知りません。

 何故か変な汗が出そうです。

『動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし』と称された『長州の風雲児』もカタナシですね。

高杉さんの死後、愛人は『梅処尼(ばいしょに)と名乗り、尼さんとなって高杉さんの墓を守りました。

と、書くとたいそう良い話なのですが、実際はまた誰かの愛人にでもなってしまうと『幕末の英雄』の名を汚してしまうので、木戸孝允や伊藤博文、井上薫などがお金を出し合って『東行庵』に住まわせ、無理やり尼さんにしたわけです。

『面白き こともなき世に 面白く』

高杉さんの辞世の句です。

こんな世の中だからせめて俺だけは面白く生きてやったぜ、とまあ彼らしく最期までカッコよかったのですが、枕元におうのさんの姿はありませんでした。

そして、最後に『吉田へ・・・・。』と言って亡くなりました。 

残された人たちはよく意味が解らず、『吉田松陰先生』のことじゃあないの?とかやっぱり地名だよ、なんていろんな意見が出ましたが、結局地名に落ち着きました。

そんなこんなで、彼の墓所は下関市吉田町1184です。

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