つれづれなるままに~日々是好日 歴史好きの独り言⑧

九州市若松区のエコタウン内にあるヒューマンブリッジ株式会社NKRC事業所です。

歴史好きの独り言⑧ です★

ヒューマンブリッジNKRC事業所は風光明媚な地にあって、建屋の窓から馬島が見え、奥に六連島、少し東に目を向ければ彦島が霞んでいます。

ここは関門海峡の出入り口で、何隻もの船が行きかう海上交通の要所です。

明治のその昔、ここを通過中に船上より離れ行く彦島を眺めながら、ひとり感慨ふける人物がいました。

伊藤博文さんという方です。

文久3年5月(1863)と言いますから、今から155年ほど前、長州藩が関門海峡を航行する外国船に対して砲撃を加えました。当時、下関沿岸にはずらりと砲台が並んでいて長州藩だけが『攘夷』を決行したわけです。

見事撃退と喜んだのもつかの間、翌文久4年8月にイギリス、フランス、オランダ、アメリカの4カ国連合艦隊が報復に来航し、下関を砲撃します。

陸戦隊の上陸もあって地上戦も行われ、砲台も占拠されてしまいます。この時の前田山砲台占拠の写真は教科書に載っていますね。

現在の山口県が4カ国相手によくもまあ戦ったものです。そういえば、薩摩藩もイギリス相手に戦争しています。どちらの戦争も戦死者の数は外国勢の方が多いそうですが、これは教科書には載っていません。

興味深いのは、長州、薩摩といった倒幕の中心となった両藩がイギリスと戦争をした経験があって、戦後に親密な関係になったことです。

そんなこんなで、戦後イギリスが長州藩に対して賠償を求めてきました。

交渉の会談場所は旗艦ユーリアラス号艦上です。

その交渉にあったのが、宍戸刑馬を名乗る高杉晋作さんと副臣2名、それと通訳の伊藤さんです。

イギリスはまず賠償金の支払いについて要求してきましたが、『金は幕府から取れ。だって、指示したのは将軍様だし』ってことで、賠償金の方は何とか逸らしましたが、何やら、『彦島』とか『割譲』とか言っているらしい。

どうやら、彦島をよこせということだろうと判断した高杉さんは機転を利かせ、『我が国土は天皇様ものである。そもそも我が国は皇祖以来2千有余年、・・・云々』と延々と語り出し、伊藤さんも訳せないし聴いてるイギリスの通訳官も判らないし

で、痺れを切らせたイギリス側がついに諦め、彦島割譲については事なきを得たそうです。ちなみに、イギリスがアヘン戦争によって手に入れた『香港島』の面積は彦島とほぼ同じです。

以上のような話を満州に向かう船上で随伴員達に語った伊藤さんではありましたが、イギリス側の記録には一切出てこないので、恐らくはホラ話なのでしょう。

考えてみると国土を守った英雄伝ですが、その割りに話のオチが話し全体のスケールに比べて小さい気がしますね。

ただ、高杉さんは『魔王のように傲然としていた』とのイギリス側の記述が残っています。

この後、伊藤さんは以上のお話の真相を語らぬままハルビン駅で暗殺されてしまいました。

幕府が肩代わりした賠償金ですが、結局、明治新政府が引き継いで払いました。 ・・・・残念。

さあ、お仕事始めましょうか。


当事業所は安心の長期雇用・高待遇をキーワードに、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンという家電製品のリサイクルを業務にしている会社です。
元気いっぱい中高年の方を中心とした活気ある職場です。共に頑張り若松エコタウンを盛り上げましょう。

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