つれづれなるままに~日々是好日 お願いのチャンスは一度 第69回
北九州市若松区のエコタウン内にあるヒューマンブリッジ株式会社NKRC事業所です。
つれづれなるままに~日々是好日
戦艦大和について②
日本海軍が46cm砲に固執したのにはワケがある。
それは『パナマ運河』の幅だ。
アメリカ海軍は地勢上、太平洋と大西洋に艦隊を配置する必要がある。
造船所は大西洋側に集中しているから、西海岸、すなわち太平洋側の軍港に配置するには、パナマ運河を通る必要がある。
パナマ運河の幅は『33メートル』しかないので、簡単に言うと、それ以上の幅がある船は通れないのだ。
『ま、当然だけど』
したがって、その幅の枠内で戦艦を建造するとなれば、搭載する砲は40cmまででそれより大きな砲を搭載する戦艦は建造することができない。
日本海軍が試算した結果、アメリカの新造船艦は最大でも40cm砲9門、船体の長さは250m、速力33ノットのモノしか建造できないと踏んでいた。
実際、開戦後に登場した『アイオワ級戦艦』は長さこそ若干違うけれど、ほぼその通りの大きさだった。
そこで、その気にさえなればどれだけでも大きな戦艦を造れる日本海軍は、とりあえず製造可能な46cm砲を搭載できる戦艦『大和型』を建造したわけだ。
だが、大きければいいというものでもなく、大きいとそれだけ敵の砲弾も当たりやすくなるし、スピードも出ない。
そこで、46cm砲を9門積み、最高の速力、最大の防御力を発揮できる『できるだけ小さなフネ』、それが『大和』と『武蔵』なワケだ。
ところが、その大和が完成しつつあった頃、時代は戦艦から『航空機』の時代へと移り変わっていた。
すなわち、それまで戦艦同士の砲撃戦から空母を中心とした艦隊による『空海戦』に変わりつつあった。
大和建造中にも『大和無用論』が出て、空母の有効性を唱える反対派も多数いたのだが、何しろ前例がないので、空母の運用も搭載する航空機の威力も未知数であった。
その後、空母の有効性を世界に先駆けて実証したのは、戦艦大和を建造した日本海軍が行った空母機動部隊による『真珠湾攻撃』だったというのは、何とも皮肉だよね。
実際、大和がある意味活躍したのは、空母部隊が壊滅し、航空機も底をついて『もう、戦艦しか残っていない』という戦争末期でした。
そして、いよいよ最後には『沖縄』に向けて出撃したわけだけど、それを迎え撃つためにアメリカ空母部隊は300機の航空機を発進させた。
結果として、大和は3000名の乗組員とともに沈没、それに対し、大和が撃ち落とした敵攻撃機の数は10機だそうです。
戦略や戦術、技術の革新とか時代錯誤、それに登場するタイミングとか、いろんな事を『大和』という戦艦を通じて考えさせられますね。
建造中、ある日本海軍の参謀は『世界三大バカ』として、『ピラミッド』『万里の長城』そして『大和』と言ったそうです。
ちなみに、大和の建造費は、換算すると戦後の『東海道新幹線』の建設費とほぼ同額です。
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