つれづれなるままに~日々是好日 歴史好きの独り言㉓

北九州市若松区のエコタウン内にあるヒューマンブリッジ株式会社NKRC事業所です。

歴史好きの独り言㉓ です★

『尊皇攘夷』と『公武合体』その①

尊皇攘夷ってなに?

日本は長いこと鎖国していたわけですが、完全に閉ざされていたわけではありません。

長崎に出島を設けてオランダと、薩摩はこっそり琉球を通じて清国と、対馬藩は朝鮮と、松前藩は蝦夷(アイヌ)を通じてロシアとそれぞれ交流があったわけで、4つのチャンネルがあり、海外に対して完全なる孤立ではありませんでした。

上記は、東大入試の過去問にもありましたから覚えておくと、受験を控えたお子様にちょっぴり胸を張れますよ、ご父兄のみなさま。

ですから、アヘン戦争によって清国が負けたこと、オランダを通じてアメリカのペリー艦隊が近々やってくることも正確に情報を得ていたわけです。

そんな折、『外国、何するものぞ』の気運が次第に高まり、そのスローガンとして『尊皇攘夷』を掲げるわけです。

その中心勢力は水戸藩で、水戸藩といえば、徳川光圀公の命によって『大日本史』を編纂している藩ですから、気付いたんでしょうね何だかんだ言っても日本は天皇が中心の国家だって。天皇を敬うことによって国を挙げて一致団結しようよってね。

そして、外国を打ち払おうじゃないかってことですね。

この時の水戸藩主は徳川斉昭という人で、吉田松陰さんや西郷隆盛さんなんかもすっかりカブれてしまいます。大河ドラマでは伊武雅刀さんが演じていましたね。

この方、幕府にとってみれば実に『困ったちゃん』でして、徳川御三家でありながら

『どうして外国に対して弱腰なんだ!』『なんであんな不平等な条約を結んだんだ!』

幕府にしてみれば、『もうちょっとお静かにお願いできませんか?』ってところですよね。

ですから、大老の井伊直弼さんに隠居させられ、すっかりカブれた松陰さんなども彼の実施した『安政の大獄』によって処刑されてしまいました。

元気良く外国を打つぞって声を挙げたのですが、実際に攘夷を実行したのは長州藩と行きがかり上戦争になった薩摩藩だけでした。

結果として、『こりゃあ、敵わん』ということを悟り、尊皇攘夷の『攘夷』はやめようねってことになり、結局、幕府が弱いからこんなことになるんじゃないか、だったら『尊王』を旗頭に外国に言いなりの弱い幕府を倒そうじゃないのって方向に向かうわけですね。

徳川斉昭公です。この方の子供が徳川慶喜で、後に最後の将軍となります。

余談ですが、昭和20年9月2日、太平洋戦争敗戦によって神奈川県浦賀沖に停泊したアメリカ戦艦ミズーリ号の艦上で日本は降伏調印しましたが、この際の停泊地は、嘉永6年(1853)ペリー来航の際、旗艦サスケハナ号が停泊したのと緯度も経度もぴったり同じ場所でした。

同じ場所から日本における『幕末』と『戦後』が始まったわけですね。

これは、連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの演出だと言われています。

さあ、お仕事始めましょうか。


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